翻訳家によるコラム「「リーエン(lien)」と「負担(encumbrance)」について」



法律・契約書コラム

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2013/03/11
「リーエン(lien)」と「負担(encumbrance)」について

契約書翻訳、法律文書翻訳担当の岡田です。

今回は翻訳しにくい単語として「リーエン(lien)」と「負担(encumbrance)」を中心に訳語の選択について説明します。

「リーエン(lien)」と「負担(encumbrance)」は、以下のような文書で用いられます。

“All the properties and assets of the Seller are subject to no security interest, mortgage, pledge, lien, charge or other encumbrance.”

「売主の財産および資産はすべて、約定担保権、抵当権、質権、リーエン、担保権またはその他の負担の対象になっていない。」

この規定は、英文契約書でよく見かける規定ですが、その趣旨は「買主が売主から購入する売主のすべての財産と資産について、担保権も用益権も一切設定されていない。よって担保権の行使により買主がその所有権を失う恐れも、また用益権(不動産賃借権など)の行使により買主がその利用を妨げられる恐れもない」ということです。

上記の例文のように様々な言葉を列挙する文章は、英文契約書ではよくあることですが、ここで問題になるのは個々の言葉の訳語です。いずれも「担保」を示す言葉であり、「mortgage」の「抵当権」と「pledge」の「質権」については特に問題ないと思いますが、その他については訳語が重複したり一般的に認められる確定的な訳語がなかったりします。たとえば、辞典にもよりますが、「security interest」の訳語として「担保権」、「約定担保権」、「動産担保権」、「先取特権」などの訳語があります。同様に「lien」について「担保権」、「先取特権」、「留置権」、「リーエン」など、「charge」について「担保権」、「負担」など、「encumbrance」について「負担」、「土地に対する負担」などの訳語があります。そこでそれぞれいずれの訳語を用いるかを判断するのですが、判断基準となるのは第1に規定の趣旨です。上記の通りその趣旨は「如何なる担保権も用益権」も存在しないということですから、個々の訳語について、「担保権と用益権」に漏れがないようにすべて網羅するものにする必要があります。第2に、個々の単語の具体的な意味です。そこで「英英辞典」や法律の専門書を調べることが必要になります。

上記の結果として「security interests」を「約定担保権」、「charge」を「担保権」、「lien」を「リーエン」、「encumbrance」を「負担」としました。ここで意見が分かれるのは「リーエン」だと思います。「リーエン」という言葉は専門的な言葉であり、ほとんどの人が知らないからです。そこで「lien」の訳語として「先取特権」がよく用いられますが、日本の民法の「先取特権」は法定担保物権を意味するのに対して、英語の「lien」は約定と法定の両方を含むことや、日本の民法を勉強された方であればお分かりと思いますが、「先取特権」はあまり出番のない限定的でマイナーな権利であり、上記の規定の趣旨と合致しないことなどから、「リーエン」の方が適切ではないかと考えます。最後に「encumbrance」の「負担」ですが、「負担」ではあまりにも抽象的で「土地に対する負担」などのより具体的な訳語を選択することも考えられますが、上記の趣旨や様々な資料の記載などから「負担」という訳語を用いています(なお「encumbrance」には、地役権や不動産賃借権などの用益権も含まれます)。

上記のそもそもの原因は英語と日本語では概念が必ずしも合致せず、またその言葉に相当する確定的な訳語がないことです(「encumbrance」はその典型です)。たとえば、「mortgage」の「抵当権」については問題がないと申し上げましたが、「mortgage」と日本の民法の「抵当権」とは、必ずしも同じではないどころか、詳細や要件についてはかなり違いがあります。そうした意味では、完全な翻訳はあり得ないということになりますが、原文の趣旨をよく理解した上で、できる限りそれを翻訳に反映することが重要です。


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