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約因(Consideration)について
契約書翻訳、法律文書翻訳担当の岡田です。
今回は「約因(Consideration)」について説明します。
英文契約書には必ずと言っていいほど以下のような文書が盛り込まれています。
“NOW, THEREFORE, in consideration of the mutual agreements contained herein, the parties hereto agree as follows:”
「そこで、本契約に含まれる相互の合意を約因として、本契約の両当事者は、以下の通り合意する。」
これは英文契約書の前文で用いられる典型的な文章ですが、多くの方がここで疑問を感じるのは見慣れない、聞き慣れない言葉である「約因(Consideration)」です。約因とは、(1)対価を意味し、(2)契約(Contract)の成立要件ですが、これだけでは具体的にわからないので、(1)と(2)についてそれぞれ説明します。
はじめに(1)の「対価」について説明します。
たとえば買い物をする場合、お客さんは商品の引渡しを受ける見返り(対価)として金銭を支払い、お店は金銭の支払いを受ける見返り(対価)として商品を引き渡すという関係にありますが、こうした見返り、つまりギブアンドテイク(give and take)の関係、つまり対価性を約因といいます。
対価として、ここでは一方の対価が金銭である場合を例として挙げましたが、対価は金銭に限定されません。例えば、大工さんとペンキ屋さんがお隣同士で、大工さんはペンキ屋さんに家のペンキを塗ってもらう見返り(対価)としてペンキ屋さんの家を修繕し、ペンキ屋さんは大工さんに家の修繕をしてもらう見返り(対価)として大工さんの家のペンキを塗るという場合も対価性があり約因があるということになります。
また約因の相当性(adequacy of consideration)は問われないので、対価は必ずしも等価値である必要はなく、上の例で大工さんが見返り(対価)としてみかんを一つ渡してもペンキ屋さんがそれで承諾すれば問題はありません(ただし、特定の当事者間において何らかの目的で非常に高額なものを極めて安い価格で売買した場合などは、約因の問題ではなく法律に違反する可能性があります。)。
これらに共通するのは、契約の当事者双方が相手方当事者に対して債務を負い、双方の債務がギブアンドテイク(give and take)の関係にある、すなわち双務契約(契約当事者の双方が債務を負う契約)であるということです。
次に(2)の「契約(Contract)の成立要件」について説明します。
大陸法(日本の法律も大陸法の系統です。)では、契約(Contract)は、対立する2つ以上の意思表示の合致(=合意(Agreement))により成立します。たとえば、先ほどの買い物の例でいえば、お客さんの「この商品を売ってください。」という申込み(Offer)の意思表示とお店の「はい、いいですよ。」という承諾(Acceptance)の意思表示の合致(=合意(Agreement))によって契約(Contract)は成立します。
これに対して、英米法では合意(Agreement)のみによっては、契約(Contract)は成立せず、契約(Contract)の成立には、書面(=捺印証書(deed))による場合を除き、合意(Agreement)に加えて約因(Consideration)が必要になるということです。(念のために申し上げますが、契約(Contract)の成立要件として、約因(Consideration)以外にも、契約の適法性や当事者の適格性なども必要です。)
これを図にすると以下のようになります。
大陸法(continental law)
申込み(Offer)+承諾(Acceptance)⇒合意(Agreement)⇒契約(Contract)
英米法(Anglo-American law) 申込み(Offer)+承諾(Acceptance)⇒合意(Agreement)
合意(Agreement)+約因(Consideration)⇒契約(Contract)
ここで英米法では「合意(Agreement)」=「契約(Contract)」ではないということになりますが、それでは何が違うのでしょうか? それは契約(Contract)には、法的強制力(enforceability)があるが、合意(Agreement)にはないということです。ですから契約(Contract)が履行されない場合、その当事者がこれを不服として裁判所に持ち込んだ場合、裁判所は契約(Contract)内容の履行実現を強制してくれますが、合意(Agreement)では裁判所はその内容の履行実現を強制してくれないということになります。先ほどの買い物の例でいえば、対価(=約因(Consideration))があるので契約(Contract)が成立し、法的強制力(enforceability)があるということになります。
しかし、現実問題としてほとんどの契約は双務契約ですから対価があり約因があるので契約(Contract)が成立することになります。それでは約因がない片務契約(契約当事者の一方のみが債務を負う契約)はどうでしょうか? そこで片務契約の典型である贈与契約を例に考えてみます。
例えば、叔父が甥に対して「合格祝いにパソコンを買ってあげるよ。」という申込み(Offer)の意思表示を行い、甥が「ありがたく頂きます。」という承諾の意思表示を行った場合、贈与契約(片務契約)が成立することになります。しかし片務契約であって、見返りやギブアンドテイク(give and take)の関係はないので、約因が存在せず、英米法では契約(Contract)は成立しないことになります。従って、もし叔父が贈与を実行しない場合、甥が裁判でこれを実現しようとしても、約因(Consideration)のない単なる合意(Agreement)であって契約(Contract)ではないので、これを強制することはできないということになります。
ここでもう1つ問題になるの「書面(=捺印証書(deed))」です。先ほど「書面(=捺印証書(deed))による場合を除き、合意(Agreement)に加えて約因(Consideration)が必要になる。」と申し上げましたが、逆に言えば「書面(=捺印証書(deed))による場合であれば、つまり捺印契約(contract under seal)を締結すれば、約因(Consideration)がなくとも契約(Contract)が成立する。」ということです。ですから甥も「書面(=捺印証書(deed))」を作成しておけば裁判所で贈与の履行を強制してもらうことができるということになります。
これをまた図にすると以下のようになります。
英米法
申込み(Offer)+ 承諾(Acceptance) ⇒ 合意(Agreement)
合意(Agreement)+ 約因(Consideration) ⇒ 契約(Contract)
または
合意(Agreement)+ 書面(捺印証書(deed))⇒ 契約(Contract)
ちなみに先ほどの贈与の例ですが、日本の民法第550条には「書面によらない贈与は、各当事者が撤回することができる。」とあるので、日本の法律でも書面によらなければ叔父は一方的に撤回することが可能であり、甥は裁判でこれを強制することはできないので、日本の法律も英米法も結局は結論は同じということになります。
また、一般的にほとんどすべての契約は双務契約であって約因が存在し、しかも書面でなされるので「~を約因として両当事者は以下の通り合意する。」として「約因」に特に言及する必要性は実質的にはないのですが、昔の名残りであって形式的に用いられるということです。