翻訳家によるコラム「教育コラム」



教育コラム

教育コラム一覧へ戻る

2013/12/25
いじめ問題 Bullying −解決への課題は何か?

こんにちは、教育分野翻訳担当の天野です。

いじめ問題は、今やニュースで目にしない日はないほど、日本のみならず世界で深刻化しています。日本でも法制化(Legislation)を始め、学校(School)や教育委員会(Education Committee)による具体的な対策(Countermeasures)が進められているにも関わらず、その数は増加の一途を辿っています。
いつ、どのようにして加害者(Perpetrator)と被害者(Victim)という関係になってしまうのでしょうか?これは、子供の学校社会だけではなく、大人の社会にも根深い問題であると言えるでしょう。

従来、いじめは、「交友関係上、集団内の他の人たちに比べて異質であったり、本人に性格的な問題や協調性のなさが見られる場合に、仲間から排除しようとする動き」という定義内にあるのが主流でした。しかし、現代は、いつでも、誰でも、あまりにも簡単に被害者・加害者になりえる時代といえましょう。
シェーン・コイザン「今でもなお−いじめに悩む美しい君たちへ」”To this day: A spoken poem written and performed by Shane Koyczan” というアニメーション動画は、いじめの被害者の気持ちを表現しており、日本のTV番組でも紹介されましたが、世界中からのアクセス数の多さで話題になっています。
http://www.tothisdayproject.com/

仲のよい友達同士が、何かのきっかけでいじめの加害者と被害者となり、傍観者(Bystander)が自分に攻撃が及ぶことを恐れて加害者として加わり、いじめの輪が広がります。
自己防衛(Self-defense)のための攻撃とすれば、アメリカなどの銃社会では正当化(Justification)されるかもしれませんが、その正当性が沈黙したまま、音もなく静かに進行するのがいじめです。
関係者や傍観者は、いじめに加わってしまったことは言うまでもなく、止めることができなかったり、知らないふりをしていたり、あるいは気づいてあげることができなかったことにさえも罪悪感(Guilty feeling)を抱きます。百害あって一利なしとしかいえないこのような事態が、なぜ深刻化しているのでしょうか。

「半沢直樹」のドラマの大ヒットは、主人公が社会悪(Social evil)や組織いじめ(Organizational Bullying)と真っ向から戦い、友情や善意を味方に戦い、勝利していくというストーリーが共感を呼んだものといえるでしょう。
組織の一員として、自己防衛の意識から社会の理不尽に真っ向から切り込めない現代人の、善良な良心(Conscience)と正義(Justice)に基づく行動への羨望ではないでしょうか。
大人の社会に根付く、暗黙の了解(Tacit Understanding)の組織悪(Organized Wrongdoing)に逆らわずに処する術を、知らず知らずのうちに子供が学んでいくという悪循環(Vicious circle)があります。ネットいじめ(Cyber Bullying)は、大人・子供を問わず、日常生活のストレスの解消法をほかに知らない、悲しい現代人の実像とも言えるでしょう。ツイッター(Twitter)上に匿名で大統領の悪口を数年間も書き込んでいたことが明るみになって最近解雇されたアメリカのある政府職員も、「半沢直樹」になれない現代人の象徴かもしれません。
現代人の最大課題は、世間に遅れないようにパソコンで情報収集することではなく、まず自分の心を見つめ、自らの良心と正義観(Sense of justice)に従って生きる術を身につけることではないでしょうか。


教育コラム一覧へ戻る