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2022/01/11

ことばの力、その5 (ことばと文化)

心理学訳担当の内野です。

コラム「ことばの力、その4 (日本語を英語に翻訳するコツ)」では英語と日本語の文章構成の違いをご紹介し、コラム「集団主義と個人主義」ではアメリカ文化と日本文化の違いをご紹介しました。今回のコラムではこの二つのコラムの内容を踏まえ、文化の違いがどのように日本語と英語に反映されているかについて考えてみましょう。

日本はどちらかと言えば集団主義 (collectivistic) で和 (harmony) を尊重 (Maki & Kitano, 2002) しますね。このような集団主義的な文化は言語にも反映されているように思われます。日本語では他者の言わんとすることをしばしば推測 (infer; Shibusawa, 2005) します。日本文化では特に「本音」をずけずけというよりはきちんと集団にふさわしい「建前」(public self) をわきまえることが大事ですね(Ohnishi & Ibrahim, 1999) 。そのため文脈(context) がとても重視されます。

また、日本文化はよく縦の文化と言われます。儒教の影響もあり上下関係 (hierarchy) が重視されます(Shibusawa, 2005) 。敬語が多く発達しているのもこのような上下関係が関係しているでしょう。

反対に英語が公用語のアメリカの文化では「推測」や「建前」より、簡潔かつ論理的に自己主張することがよく重視されます。丁寧な言い方、カジュアルな言い方、乱暴な言い方はありますが、日本語のような「敬語」は存在しません。

敬語が入っている日本語を英語に翻訳する際には英語の表現を工夫して敬うニュアンスを反映させています。また、英語を日本語に訳す際、文脈から対人関係の上下を推測し、必要な場合には適切な敬語を用いるようにしています。

英語と日本語は文章の構成が大きく異なります。英語では大事な単語が文のはじめのほうにきますが、日本語では後のほうにくるように思われます。例えば”not” など否定することばは英語では主語の後すぐにきますが、日本語では文の最後まできません。Not があるかないかで文の意味がひっくり返ってしまうので、英語でははじめにnot があるかどうかを明確にします。

“I didn’t feel like cooking because I have was so exhausted.” という例文を使ってみましょう。 英語だと“not”が主語のあとすぐに来ていますね。日本語に訳すと、「とても疲れていたから、料理する気にならなかったの。」となります。「とても疲れていたから、料理する気に・・・」と、文のほとんどを言い終わった時点でもまだ料理をしたのかしなかったのかはっきりしません。ただ文脈から「とても疲れていたから、料理する気に・・・」まで言った時点で文脈から「料理する気にならなかった」ことが推測できますね。

このように、ことばと文化は切っても切り離せない関係にあります。翻訳は単なる文の置き換え作業ではなく、文化を噛み砕き、違う言語で(つまり違う文化という新しい文脈の中で)原稿を再生する作業です。

では次回のコラムをお楽しみに!

文献

Maki, M. T., & Kitano, H. H. L. (2002). Counseling Asian-Americans. In P. B. Pederson,
J. G. Draguns, W. J. Lonner, & J. E. Trimble (Eds.), Counseling across cultures
(5th ed., pp. 109-112). Thousand Oaks, CA: Sage.
Ohnishi, H. & Ibrahim, F. A. (1999). Culture-specific counseling strategies for Japanese
nationals in the United States of America. International Journal for the Advancement of Counseling, 21, 189-206.

Shibusawa, S. (2005). Japanese families. In M. McGoldrick, M., J.Giordano, & N.
Garcia-Preto (Eds.), Ethnicity & family therapy (3rd ed., pp. 339-348). New York:
Guilford.
Uchino, T. (2007). The midlife mother’s separation-individuation from her daughter: A
comparative qualitative study of Mexican and Japanese mothers residing in the United States. Psy.D. dissertation, Alliant International University, San Diego, United States, California. Retrieved March 26, 2010, from Dissertations & Theses: Full Text. (Publication No. AAT 3273278).