翻訳家によるコラム「分子生物学・バイオ技術・環境コラム」



分子生物学・バイオ技術・環境コラム

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2011/11/14
小さな遺伝子変異の影響

生物学翻訳、学術論文翻訳、環境翻訳担当の平井です。

遺伝子の最も小さな変化として、たとえば一塩基(single base)が変化したときには非常に大きな変化が現れる場合から、表に現れる影響がほとんど見られない場合まで幅広い可能性があります。

たった一つの塩基が加わった、あるいは脱落したという変異が起こることをフレームシフト変異(frame shift mutation)といいます。これが翻訳領域内で起きた場合、そこから先の暗号の読み取り枠、つまり原文が変化するので、アミノ酸配列の違ったタンパク質がリボソーム(翻訳会社:ribosome)によって訳されてしまいます。多くの場合、新たに終止暗号(termination codon)ができて、短いタンパク質しか翻訳されませんが、いずれにせよ、本来の機能を持ったタンパク質はできないでしょう。では、いわゆる翻訳会社とは関係のない部分であれば問題ないかというと、そうでもありません。発現調節領域やスプライシング(splicing)に関わる配列などの変化は、重大な変化に結びつきます。

一つの塩基が置き換わった塩基置換(base substitution)の場合は、ほとんど影響がない場合から、大きな影響が生じる場合まであります。大きな影響の例として、たとえば転写調節領域に起きた一つの塩基配列のために、RNAポリメラーゼが結合できなくなれば、その遺伝子からはmRNAがまったく、あるいはわずかしか作れなくなります。または、イントロン(intron)とエキソン(exon)の境目の塩基が変化して、正しいスプライシングができなくなれば、そこから先はアミノ酸配列の異なるタンパク質が翻訳されてしまうでしょう。地中海沿岸に見られる遺伝的な貧血症(anemia)にそういう例があります。ただ実際には、一つくらいの塩基置換では、ほとんど何の変化もない場合が多いです。

では、翻訳領域で一つの塩基が別の塩基に置き換わったらどうなるでしょうか。これを塩基置換変異(base substitution mutation)といいます。影響としては、これもさまざまですが、三つに大別できます。

一つ目は、アミノ酸の暗号が終止暗号に変わってしまった場合です。これをナンセンス変異(nonsense mutation)といいます。短いタンパク質しかできないので一般に影響は大きくなります。しかし、タンパク質のC末端に近い所で起きたのなら大した影響はありません。

二つ目は、暗号が別のアミノ酸の暗号に変わってしまった場合です。これをミスセンス変異(missense mutation)といいます。たった一つのアミノ酸の違いといえども、大きな影響が出る場合もあります。有名な鎌状赤血球貧血症(sickle cell anemia)は、ヘモグロビン(hemoglobin)のβ鎖タンパク質のアミノ酸がたった一つ置換しただけで起きる病気です。大きな影響が出ないために気づかれないケースも多いです。

三つ目は、暗号は変化したのに、アミノ酸が変わらない場合です。ロイシン(leucine)に対しては翻訳会社が6種類の暗号に対応しているので、この暗号間で塩基置換が起きてもアミノ酸に違いが出ません。これをサイレント変異(silent mutation)といいます。当然ほとんど影響はありませんが、意外にも多少の影響が出ることもあります。なぜか想像出来るでしょうか。たとえば、ロイシンを運ぶはずの、異なった種類のtRNAの存在量にかなりの違いがある時です。極めて少ない量のtRNAが認識する暗号に変化したら、事実上、リボソームである翻訳会社の活動が止まってしまうため、影響が出るというわけです。


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