「ジャズ・ベーシストのゲイリー・ピーコックの逝去について」|音楽・医学コラム

高橋翻訳事務所

音楽・医学コラム

音楽・医学コラム一覧へ戻る

2020/9/8
ジャズ・ベーシストのゲイリー・ピーコックの逝去について

音楽翻訳担当の池上秀夫です。

このところベテランのジャズ・ミュージシャンの訃報が相次いでおり、今回も先ごろ亡くなったあるミュージシャンに関する話を書こうと思います。ただし前回の記事とはアプローチを変えます。

ジャズ・ベーシストのゲイリー・ピーコック氏(Gary Peacock)がこの世を去りました。85歳でした。1950年代末ごろからジャズ・ミュージシャンとしての活動をはじめ、フリー・ジャズ(Free Jazz)の伝説的サックス奏者であるアルバート・アイラ―(Albert Ayler、1936 - 1970)と激しい演奏を繰りひろげる一方、ピアニストのビル・エヴァンス(Bill Evans、1929 - 1970)のトリオでは抒情的な演奏を聞かせるなど、早くから多様なスタイルに対応できる能力を発揮していました。自身のグループでのレコーディングも多く、ベーシストという立場にとどまらない、トータルな音楽家としての存在感を持つ人物でした。そんなピーコック氏のキャリアの中でももっとも知られているのが、ピアニストのキース・ジャレット(Keith Jarrett)の「スタンダーズ・トリオ」でしょう。キース、そしてドラマーのジャック・ディジョネット(Jack DeJohnette)とのトリオは、1983年発表のアルバム「スタンダーズ」(Standards)をスタートに、25年以上にわたって活動を継続しました。最近は長年の持病であった腰痛に加え、加齢による聴力の低下も加わって数年前に演奏活動から引退。そして今回の訃報となりました。

今回のピーコック氏の訃報については、ネット上で混乱がみられました。いかにも今の時代らしい現象だな、と感じられたものでした。

現在わかっている範囲では、最初にピーコック氏の死を伝えたのはジャック・ディジョネット氏のFace Bookでの投稿でした。この時点で遺族などからの正式な発表はまだなかったのですが、伝えたのが盟友のディジョネット氏だったということで、Face Bookを中心とした多くのSNSにピーコック氏の死を悼むコメントが数多く投稿されました。

しかしその後、ディジョネット氏がその投稿を削除しました。現時点でディジョネット氏から削除の理由の発表はないのであくまでも憶測ですが、遺族の意思を確認する前の勇み足的投稿だったための削除だったのではないか、と思われます。

その後もオフィシャルな発表がなかなか出ないまま、憶測が独り歩きする状況が続きました。そして日本時間の9月7日になって、アメリカのNPR(National Public Radio)が遺族に確認をとったとのコメント付きでピーコック氏の死亡記事をリリースし、形としてはこれがオフィシャルな発表になった次第です。

このような混乱は、以前にも見たことがあります。この記事をお読みいただいているみなさんもご覧になった経験はあるのではないでしょうか。噂ばなしのような情報のこともありますし、亡くなった人の知人の発言が正式発表前に広がる、というパターンもあります。いずれにしても情報の混乱がみられます。Face BookやTwitterのようなSNSでは著名人も一般人も一緒くたになっている面もありますので、上記のディジョネット氏の投稿などは、あたかもオフィシャルな発表のように受け取られてしますことがあります。

しかしそれが誤りという場合もありますし、亡くなった人の遺志や遺族の考えと異なる場合もあるので、注意が必要です。自分が好きな著名人の訃報を知ると、人情として追悼の言葉のひとつも投稿したくなるものです。しかしそれで誤報を広めることに手を貸してしまっては元も子もありませんし、本人や遺族の意思に反する投稿をしてしまうのも避けるべきことと考えます。

いま自分が見ている情報がどのようなものなのか自分で精査し、反応を控えるべきときは控える。言葉にすると当たり前のことではありますが、やはり常日ごろからこれを心に留めておくことが重要なのではないか、と改めて思った今回のできごとでした。


音楽・医学コラム一覧へ戻る


ご利用の際は、必ずご利用上の注意・免責事項をお読みください。