紅白歌合戦の英語名称と、故人の音楽をよみがえらせる試みについて



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2020/1/31
紅白歌合戦の英語名称と、故人の音楽をよみがえらせる試みについて

音楽翻訳担当の池上秀夫です。

この年末はテレビでNHKの「紅白歌合戦」をご覧になっていた方も多いのではないかと思います。紅白の英語名称はどうなっているのか調べてみました。言い方はいくつかあるようですが「Red and White Singing Festival」というのが多いようです。ただNHKによる正式名称ではなく、個々人のレベルで訳しているもののようで、NHKのウェブサイトにも正式な英語名称は見つかりませんでした。TwitterやInstagramを見てみると、NHKは「KOUHAKU」という表記を使っているようです。

今回の紅白で話題になったもののひとつが、A.I.(人工知能:artificial intelligence)で再現された美空ひばり(Hibari Misora)が新曲を歌う、という企画でした。ヤマハの歌声合成技術「VOCALOID:AI」を使い、生前の歌唱データから本人の歌声を再現したというもので、この企画には「感動した」などの称賛の声があがる一方で、これがひばりさん自身の意思とは関係のないところで企画されたものであることもあって、「故人の尊厳」などの問題から疑問視する意見も見られます。わたし自身も、どちらかというと後者に近い意見を持っています。故人の尊厳の問題もありますし、これを「美空ひばりの歌」としてしまっていいのか、という疑問も持っています。これは今後もさらなる議論が展開されることと思います。

今回のこの企画に限らず、音楽の世界では、特に録音技術が発展した二十世紀後半以降、技術によって故人の音楽をよみがえらせようとする試みが何度か行われています。例えば、アメリカの歌手ナタリー・コール(Natalie Cole)が1991年にリリースした『アンフォゲッタブル』(Unforgettable)はその好例ではないでしょうか。

ナタリー・コール(1950 - 2015)は、絶大な人気を博した黒人歌手ナット・キング・コール(Nat King Cole、1919 - 1965)の娘です。ナタリーがデビューしたのはナットが亡くなった後の1975年で、当然のことながら親子共演はありませんでした。そのナタリーが、父が残した録音に自身の歌を重ね録りするオーバーダブ(over dub)という手法を用いて制作したのが、上記の『アンフォゲッタブル』です。

父の名声という重圧に苦しみ、麻薬中毒になるなどの苦難の後に復活を遂げたナタリーが、今もなお高い人気を誇る父ナットとの「共演」を果たしたこの曲は、そのエピソードも手伝って高い感動を呼んで大ヒットとなり、1991年のグラミー賞(Grammy Awards)のソング・オヴ・ザ・イヤー(Song of The Year)を獲得しました。

この他にも、ザ・ビートルズ(The Beatles)が1995年にリリースした「フリー・アズ・ア・バード」(Free As A Bird)もあります。これはジョン・レノン(John Lennon、1940 - 1980)が生前残していた未完成の録音を他のメンバーたちが完成させたものです。

ザ・ビートルズのベスト盤『アンソロジー』(Anthology)の企画が進行中だった1994年、ジョンの妻オノ・ヨーコ(Yoko Ono)が、1977年ごろにジョンが自宅でこの曲を録音したカセットテープ(cassette tape)をメンバーに渡し、それが「新曲」の制作に発展したということです。

ジョンの録音は発表を前提としていない、あくまでもプライベートなものだったため、プロデューサーのジェフ・リン(Jeff Lynne)が当時の最新の技術を導入してノイズ除去などを行い、それにメンバーがオーバーダブなどを行う形で曲が完成され、1970年の「レット・イット・ビー」(Let It Be)以来25年ぶりとなる「ビートルズの新曲」として話題となりました。

上記の2例は、音楽家自身が残した音源を、後の時代の技術を使って手を加えるという手法で制作するというものでした。しかしAIを使うとなると、また事情が違ってきます。

モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart、1756 - 1791)の遺作である「レクイエム」(Requiem)は作曲者の死去により絶筆となっている曲の一例ですが、AIの技術を使ってこれを完成させようというプロジェクトが立ち上がっていると聞いたこともあります。

ただ、美空ひばりの例にせよモーツァルトの例にせよ、AIで作り上げたものを本人の歌唱や作曲作品と同列に考えてよいのか、という議論は続いています。人としてのアイデンティ(Identity)の問題と言えるでしょう。AIの技術の進歩が加速する中、このような議論も置き去りにされないよう、注視していきたいものです。


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