翻訳家によるコラム「契約書・政治経済・アート・スポーツコラム」



契約書・政治経済・アート・スポーツコラム

契約書・政治経済・アート・スポーツコラム一覧へ戻る

2011/07/05
裁判員裁判での死刑判決について

契約書翻訳、経済翻訳、政治翻訳、スポーツ翻訳担当の佐々木です。

今回のテーマは、千葉大生殺人事件の裁判員裁判(citizen judge system)についてです。

2009年に千葉大学の女子学生が殺害された事件で強盗殺人罪などに問われていた被告に対し、6月30日に裁判員裁判の判決があり、求刑どおり死刑(capital punishment/death penalty)を言い渡しました。殺害人数が1人の被告への死刑判決は異例ですが、判決は犯行の悪質性や刑務所出所直後という点を重視しました。被告は公判で、「命をもって償いたい」と話していましたが、判決では「真に反省を深めているとは言えない」と断じています。

1983年の永山基準(Nagayama Stantards)以降、被害者が1人の場合は死刑となることが少なく、残虐性が高い事件などに限られてきました。しかし、裁判員裁判制度の導入後には、被害者が1人の事件でも死刑判決が出ています。今回の事件でも、被告の前科や出所後の犯行が判決に影響を与えたとの見方が大勢を占めています。

裁判員制度が始まって2年が経過しましたが、市民の感覚や感情が反映された判決が出る例も増えてきました。死刑判決に対する永山基準の運用が今後どのように変化していくのか、注視していく必要があるでしょう。


契約書・政治経済・アート・スポーツコラム一覧へ戻る


ご利用の際は、必ずご利用上の注意・免責事項をお読みください。