翻訳家によるコラム「『風をつかまえた少年』The Boy Who Harnessed The Wind(Global Soap Project)」

高橋翻訳事務所

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2012/02/09
『風をつかまえた少年』The Boy Who Harnessed The Wind(Global Soap Project)

環境翻訳担当のYMです。

著者:William Kamkwamba ウィリアム・カムクワンバ / Bryan Mealer ブライアン・ミラー(文芸春秋社)

日本では2010年秋に出版されていますが、2012年が明けてようやく本書を読む機会に恵まれました。

仕事柄、代替エネルギー(alternative energy)についてはアンテナをのばしていますが、米NPR(National Public Radio)のインタビューで、「わずか14歳で工場跡地の廃品(waste materials)をリサイクル(recycle)して風力発電(wind power generation)を実現したマラウィ人」の声を聞いたときには、はっと目から鱗が落ちたような気分になりました。正直なところ、それまで風力発電について目がいっていたのは大手メーカー、Vestas(デンマーク)、Sinovel(中国)、GE(米国)、Enercon(ドイツ)等々ばかり。風力発電は技術面でも投資面でも大規模な事業というイメージでした。

著者カムクワンバ氏が作り出した風力発電機は、自転車の照明用発電機(dynamo)とポリ塩化ビニール(polyvinyl chloride;PVC)管、くず鉄、ユーカリの木(blue gum)、竹(bamboo)などを主な材料としています。翼(blade)のデザインも配線も、全て地元の図書室から借りたExplaining Physicsから独学で考えついたもの。発電機の後は、蓄電器(battery)、電流遮断器(circuit breaker)と次々に追加していきますが、これも全て図書室で学んだことを応用しています。

そしてこれほどまで発電機の開発に没頭した背景には、マラウィを襲った2001年の大旱魃(drought)と飢饉(famine)があります。トウモロコシ(maize)を主な作物とする農家で育った著者も、このときには5ヶ月間ほんの僅かな食べ物(後半はトウモロコシ粉 cornmeal に栄養価の少ない他の粉類を混ぜて増量した粥を1日たったの5口!)を食いつないで生き延びたといいます。電力があれば地下水を汲み上げて一毛作を二毛作(single/double cropping)にできる、小さな家庭菜園でいろいろな野菜を育てれば、主食のトウモロコシが不作でも食べ物がなくならない、という著者の切実な思いがあるのです。

本書は、著者が独学で発電機を作り上げるまでのプロセスはもちろん、旱魃の生々しい状況、アフリカの多くの地域で人々が直面する課題(燃料のための樹木伐採 deforestation、砂漠化 desertification、表土流出 loss of topsoil、気候変動 climate change、不安定な政治、教育等々)、さらにマラウィの風景や生活習慣など、どのページを開いても非常に読み応えのある内容となっています。

そして読み終えた後に残る温かい気持ち、これは著者が本書を通じて貫いている故郷と家族への想いが伝わってくるからだと思います。今この本がここまで心に残ったのも、著者の決してあきらめない前向きな姿と、震災復興に全力を投じる東北の姿とが重なったからかもしれません。

<参照>
http://williamkamkwamba.typepad.com/


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