翻訳家によるコラム「医学・薬事申請コラム」

高橋翻訳事務所

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2010/08/07
インフォームド・コンセント

医学翻訳、薬事申請翻訳、看護翻訳、介護翻訳、医療翻訳担当のY.O.です。

医療における「インフォームド・コンセント( informed consent )」は、今では一般的になっています。「インフォームド・コンセント」とは、検査や処置のメリット( benefit )とリスク( risk )などについて十分かつ正しい説明を受けて理解した( informed )状態で、患者(場合によっては家族などの代諾者)が、自主的に同意( consent )を与えることです。これは口頭ではなく、書面によって( in writing )行うこととされており、説明文書( explanatory document )を渡してそれに従って説明がなされ、同意書( consent form )に署名をすることで成立します。説明文書と同意書が一体化して一つの文書(「同意説明文書」)になっていることが多いようです。

これまで主に治験( clinical trial )においてインフォームド・コンセントを得るための同意説明文書の翻訳をする中で、医療従事者( healthcare professional )ではない一般の方にとってわかりやすい平易な文書になるよう心がけてきましたが、果たして十分わかりやすいものであっただろうかと考えさせられる機会がありました。

昨年、家族が緊急入院して手術を受けた際、さまざまな検査( examination )、治療( treatment )、投薬( medication )、外科手術( surgical procedure )についてインフォームド・コンセントを求められました。全血( whole blood )、血漿分画製剤( plasma derivatives )、中心静脈カテーテル( central venous catheter )などの普段医療に縁がない家族にとっては聞き慣れない専門用語( technical term )や、対麻痺( paraplegia )、敗血症( sepsis )、死亡( death )などの怖い用語が次から次へと出てきて、左耳から入って右耳から出ているような様子でした。特に、緊急手術直前の全身麻酔( general anesthesia )や輸血( blood transfusion )に関するインフォームド・コンセントに至っては、手術前の緊張もあり、「なんだかよくわからないけれど、これ以上怖い話をしないで、早く署名させてほしい」という状態だったようです。手術以外の選択肢( option )がない状態で「自主的な同意( voluntary consent )」をしているという状況ではありませんでした。説明をしてくださっていた医師や麻酔医もこれを察したのか、意識がはっきりしている通常の成人患者であれば家族の署名は要さないのですが、一緒に説明を受けていた私も合わせて署名を求められたこともあります。

患者が判断能力のある成人でも、体調が非常に悪かったり、いつもと異なる環境の中で手術を控えて大きな不安の中にあったりする状態だったりしても、十分に理解できる文書というものの難しさをこの時改めて認識しました。専門用語をかみ砕いた用語に置き換えようとする際に、どうしてもニュアンスの一部が抜けて不正確になってしまうこともあります。また、専門用語をそのまま残してそれに注釈をつけようとすると、非常に長い文書になってしまい、結果的に形だけの文書になってしまうことも考えられます。多忙な医療環境の中で実行するのはなかなか難しいかもしれませんが、インフォームド・コンセントを行った患者さんや家族から、状況が落ち着いた後などに、インフォームド・コンセントの内容に関するフィードバックを頂いてそれを説明文書に反映させていくことができたら理想的だと思います。人生を左右するような決断も多いため、ぜひ「形だけ」でないインフォームド・コンセントを目指して欲しいと考えています。

改正臓器移植法が施行され、臨床現場で動揺している患者の家族に重大な選択が求められる機会が多くなりますが、そのような場でもやはり同様の課題があると思われます。


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