医学翻訳、薬事申請翻訳、看護翻訳、介護翻訳、医療翻訳担当のY.O.です。
前回のコラムでは、医療分野の翻訳で目にする機会の多い英単語を例に挙げ、単語を分解する楽しみについてご紹介しました。今回は、割となじみはあるものの医療分野では特別な訳語を用いる、翻訳の際に少し注意が必要な用語をご紹介したいと思います。
例えば、「subject」は、論文では「主題」、文法用語では「主語」などと訳されますが、臨床試験(clinical trial)に関する文書の場合は「被験者」となります。臨床試験の種類に関して、「retrospective study」という用語があり、一般に「retrospective」は「回顧的な」などと訳されますが、この場合は「後ろ向き」または「レトロスペクティブ」という訳語をあてることが多いです。これに関連する表現に「prospective study」があり、この「prospective」は「前向き」または「プロスペクティブ」と訳します。
「culture」というおなじみの単語は、一般的に「文化」として知られていますが、前臨床試験(pre-clinical study)では「培養(物)」の意味でよく用いられます。また、比較試験(controlled study)では、試験の評価対象となる物質と比較するために用いる「control group」を使用し、この場合の「control」は「対照」と訳します。余談ですが、試験関連の文書の校正をしていると、入力の際に生じたと思われる「対象」と「対照」(さらには「対称」)の誤変換が非常に多く見受けられます。
「significant」は「重要な」や「意味のある」などが一般的な訳ですが、統計用語としては「有意な」が定訳で、「significant difference」(有意差)は使用頻度の高い専門用語です。
身体の部位を表す語でも少し注意を要するものがあります。「lateral」と「medial」はそれぞれ「側面の」と「中央の」などを表しますが、「lateral/medial ligament」の訳語は「外側/内側靭帯」となります。翻訳ではあまり読みは問題にならないのですが、この場合の「lateral」と「medial」は、それぞれ「がいそく」と「ないそく」と読みます。医療分野では全般的に音読みになる傾向があるようで、整形外科の先生が「骨(こつ)が・・・」と音読みにされているのを初めて聞いたとき、不慣れな私の耳には非常に違和感がありました。
同じ分野でも、文脈によって複数の訳語からの選択が必要になる語もあります。「rotation」は一般に「回転」ですが、「回旋」という訳語もあり、指している動きの定義が異なるため、一つの文書中で「回転」と「回旋」を使い分けることも多くあります。「dislocation」も「脱臼」「転位」「変位」などの訳語があり、対象物によって複数の訳語から適切な語を選ぶ必要があります。
このように、なじみがあり意味を知っているつもりの語でも、分野や文脈によって所定の訳語(定訳)があることが多いため、厳密な訳が求められる場合や訳文に違和感がある場合などは念のため辞書で確認すると良いでしょう。
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