医学翻訳、薬事申請翻訳、看護翻訳、介護翻訳、医療翻訳担当のY.O.です。
先のコラムで、顎関節症の治療方針が以前と現在とで変わってきているという話を挙げました。いきなり非可逆的な治療を行うのではなく、まずは可逆的な治療から試みるというものです。このケースでは、「可逆的」か「非可逆的」かという「可逆性」に関する対立概念です。
この他に、医療分野では「侵襲(しんしゅうせい)性(invasiveness)」という大きな概念があり、検査、治療、手術などにおいて、より侵襲性の低いものから検討していくのが主流になっています。
侵襲性とは、漢字からおわかり頂けるように、身体に及ぼす物理的負担や影響の大きさのことです。
(同じ効果が得られるのであれば)最も避けたいのは「高侵襲(highly invasive)」で、最も望ましい選択肢は「非侵襲(non-invasive)」ですが、検査の場合はともかく、治療や手術の場合は多かれ少なかれ侵襲性を伴うものが多く、比較的侵襲性が低い「低侵襲(less invasive)」なものからの検討になります。
具体例を挙げますと、動脈瘤の治療の場合、開胸手術(open-heart surgery)を伴う人工血管置換術は侵襲的、開胸を伴わない血管経由のステントグラフト(stent graft)留置術はより低侵襲の手術で、入院期間や術後の経過などに差が出ることがわかっています。
先程の顎関節症の例ですと、歯を削ってかみ合わせを調整するのは「非可逆的」であると同時に、スプリントを着用して改善を試みる治療と比べて「侵襲的(invasive)」でもあります。
また、「minimally invasive」という英語の表現もよく見受けられ、直訳的な「最小侵襲」「最低侵襲」などの訳語が多く使われます。ただ、日本の広告規制では、最上級や最大級のような「誇大」な表現を避けることとされており、また、どのレベルが本当に客観的な「最小」なのか、どの時点での科学的に「最小」なレベルなのかなどの判断が難しい点もあるため、無難に「低侵襲」と訳しているケースも多いようです。
自分が翻訳する際は、文献などでは「最小侵襲」とし、「広告」とみなされる可能性がある文書では「低侵襲」とするなど、文書の種類や目的で訳語を選んでいます。
余談ですが、欧米では普通に使われている最上級・最大級の表現を直訳して日本の広告規制に抵触する場合も多々あり、この他にも「知ってびっくり」するような細かい規制がありますので、広告的な要素のある文書の翻訳をされる方や翻訳を依頼される方はこれらを把握しておくことをお勧めします。一般的な広告規制の他に、医薬品・医療機器に関する特別な規制もあり、中でも効能・効果にかかわる不適切な広告は薬事法に抵触する重大な違反につながることもあるため、特に注意が必要です。
|