翻訳家によるコラム「治験や臨床、医薬品販売にまつわる“ドラッグラグ”問題とは?」

高橋翻訳事務所

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2010/08/02
治験や臨床、医薬品販売にまつわる“ドラッグラグ”問題とは?

医学翻訳、薬事申請翻訳、看護翻訳、介護翻訳、医療翻訳担当のY.O.です。

最近、「ドラッグラグ( drug lag )」に関するニュースが多く報じられているようです。海外では既に規制当局の承認を受けて市販されているのに、日本では未承認のために臨床使用できない状態にある医薬品が多いということが大きな問題として取り上げられています。また、これとは逆に、海外では安全性に問題があるとして臨床使用できない状態になっているものの、日本ではまだ 使用されている医薬品もあります。医療機器 ( medical device )においても同様の問題があり、「デバイスラグ( device lag )」と呼ばれています。

このようなラグが生じる原因として、複数の要因が考えられます。

製薬会社が新医薬品を開発した後、前臨床試験を実施した上で規制当局に届出をして、承認申請のための臨床試験(治験)を実施し、その医薬品の有効性・安全性を確認します。それらのデータに基づき、製薬会社は承認申請資料を作成し、規制当局に提出し、これを規制当局が審査し、臨床使用にかなう有効性・安全性を有すると判断した場合、その医薬品の国内での市販を承認します。その医薬品を公的医療保険適用の対象とする場合、さらに保険適用申請が必要になります。

1. 医薬品の有効性・安全性に対する責任

規制当局がその医薬品の有効性・安全性を承認申請書類等で十分に確認した上で、国内での市販が承認されます。万が一、市販後に副作用等の健康被害が生じた場合、その責任を製薬会社に問うだけでなく、承認した規制当局(日本の場合は厚生労働省)、すなわち「国」に対しても責任を問うケースが諸外国に比べて日本では多いように思います。そのため、医薬品の承認審査がより慎重になる傾向があるのかもしれません。

2. 治験( clinical trial )

その医薬品に関して海外で治験が既に行われていても、その治験のデータ(海外データ)が日本で承認を受けるのに不十分であると判断される場合、日本国内での治験が求められます。海外での治験に比べて、日本国内での治験には時間と費用がかかり、ハードルが高いと言われています。複数の要因がありますが、大きな要因の一つは、被験者(治験に参加する患者さん)の確保が難しい点でしょう。治験に参加する被験者は、治験期間中、所定の要件を満たし、経過観察のため通院することが求められます。被験者にとっては未承認の新薬を使用できるというメリットがありますが、公的医療保険制度が整備されている日本において治験に参加する経済的なメリットはあまり大きくなく、健康保険制度が日本ほど整備されていない諸外国に比べて経済的なメリットを求めて治験に参加する被験者の人数は少ないと考えられます。

日本を含む複数の国で同時に治験を行う「国際共同治験( global clinical trial )」への取り組みも進んでいますが、治験に関する要件や医療環境の違い、言語の壁など、課題も多いようです。

3. 承認申請資料

試験結果に基づき、製薬会社は承認申請用資料を作成します。国際社会での新医薬品の迅速な市販を目指し、国際的に統一した様式の資料を作成して各国の規制当局に提出できるようにしようという取り組みもありますが、依然として日本独自の要求事項があったり、英文から和文に翻訳する必要があるため、翻訳にかかる時間や翻訳の精度の問題などにより、日本での承認申請は遅れる傾向があるようです。提出された承認申請資料に不備があるために、審査側と申請者側とのやりとりが増えて結果的に承認までの時間がかかってしまうケースも多く、規制当局が申請者に対して承認申請資料の質の担保を喚起する場面も多く見られます。

4. 審査側の体制

諸外国の規制当局に比べ、日本の規制当局の審査官( reviewer )の人数が圧倒的に少ないというデータがあります。承認審査業務を行っている独立行政法人医薬品医療機構総合機構( PMDA : Pharmaceuticals and Medical Devices Agency )は、審査官の人数を増員すべく計画を立てて遂行しているようですが、審査官には非常に高い専門性が求められることもあり、全ての分野で十分な質と人数の審査官を確保できるようになるまでには時間がかかります。また、一品目の医薬品の承認審査には時間がかかり、製薬会社の担当者や他部署との細かいやりとりが多く、これまでの流れを把握していない新しい審査官が加わったり審査官が入れ替わったりすることによって作業が戻ってしまうことも考えられます。

5. 保険適用

医薬品が承認されても、保険適用申請に基づいて保険適用の対象となるまでは(全額自己負担となるため)臨床使用が難しいのも現状です。今の公的医療保険制度の状況を考えると、保険適用のハードルを低くすべきとも一概に言えず、さまざまな方面からの検討を要する難しい問題の一つです。

このように複数の要因が絡み合っており、すぐに解決することは難しい課題ではありますが、国際共同治験の推進、治験実施体制の整備、承認申請資料の様式の国際的な統一への取り組み、審査体制の強化などにより、有効で安全な新医薬品を必要としている患者さんが一日も早くその恩恵を受けることができることを期待しています。


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